【道徳って】それは点数で測れるものではない

 ボク達が子供のころ学校の授業で道徳の時間があるとなんとなくラッキーと感じたもんだ。

 それは教科書を開いてやる授業ではないし、テストがあるわけでもないし、通知表の評価にも表れるわけでもなかったし・・・

 今思うと普通に生活を続けながら自然に宿っていったものだと思う。

 先日の道徳の教科書検定の問題では大きな疑問符が付くような決定があったように思える。
 
画像


 「しょうぼうだんのおじさん」という題材で、登場人物とタイトルを「おじいさん」に改め、挿絵も高齢の男性風に(東京書籍、小4)

 ▽「にちようびのさんぽみち」という教材で登場する「パン屋」を「和菓子屋」に(同、小1)

 ▽「大すき、わたしたちの町」と題して町を探検する話題で、アスレチックの遊具で遊ぶ公園を、和楽器を売る店に差し替え(学研教育みらい、小1)――。

 おじさんを修正したのは、感謝する対象として指導要領がうたう「高齢者」を含めるためだ。

 文科省は「パン屋」についても、「パン屋がダメというわけではなく、教科書全体で指導要領にある『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ』という点が足りないため」と説明。

 「アスレチック」も同様の指摘を受け、出版社が日本らしいものに修正した。

 どれも、何を根拠とした道徳なんだろう・・・と思いませんか。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック